Ⅴ.ビヨンドGDPとウェルビーイング【ビヨンドSDGsとしてのウェルビーイングな社会づくり】連載シリーズ⑤

1.GDPは何を測ってきたのか 

前回は、ウェルビーイングを手がかりに、社会が持続可能であるだけでは十分ではなく、その社会で人が健やかに、希望を持って生きられるかどうかを問う必要があることを考えました。

では、そのような豊かさを、私たちは何によって測ってきたのでしょうか。政策も経営も、何を物差しにするかによって、目指す方向が変わります。だからこそ、ウェルビーイングを考えるうえで避けて通れないのがGDPです。
私たちは長い間、国や社会の状態を語るとき、GDPの成長率を重要な物差しとしてきました。GDPが何%伸びたのか。日本の順位がどう変わったのか。そうした話題は、いまも経済ニュースの中心にあります。

しかし、そもそもGDPは何を測るために生まれたのでしょうか。
18世紀後半にアダム・スミスが『国富論』を書き、19世紀にはリカードやカール・マルクスが活躍しました。しかし当時の経済学は、現在のような統計データに基づく学問というより、社会全体をどう捉えるかを考える社会科学に近いものでした。

GDPにつながる国民経済計算の整備が進んだ大きな契機は、1930年代の世界恐慌です。米国経済が深刻な打撃を受ける中で、政策を立てるには経済の実態を把握する統計が必要になりました。米国商務省の前身機関は、経済学者サイモン・クズネッツに国民経済計算の整備を委ね、1934年に最初の国民所得に関する報告が議会へ提出されました。
その後、第二次世界大戦では、戦時経済を運営するために国全体の生産力を把握する必要が高まりました。米国ではGNPが主要な経済指標として使われ、1991年以降、GDPが主要指標となりました。

つまり、GDPはもともと国民の幸福度を測るために生まれたものではありません。国家の経済規模や生産力を把握し、政策判断に役立てるための指標だったと考えるべきです。
GDPは重要です。経済の状態を見るうえで、これほど広く使われている指標はありません。しかし、GDPは万能ではありません。何を計算に入れ、何を入れないかによって数値は変わります。社会の豊かさや人々の幸福を、そのまま表すものではないのです。

2.GDPと幸福度の関係

では、GDPは私たちの幸福度とどのような関係にあるのでしょうか。
一人当たりGDPが低い段階では、GDPの上昇は生活の質の改善に大きく貢献します。食料、住居、医療、教育、衛生など、生きていくために必要な基盤が整っていない段階では、経済成長は人々の暮らしを確実に支えます。

しかし、一定の水準を超えると、GDPの増加だけでは幸福度を説明しきれなくなります。World Happiness Reportでは、各国の幸福度を人々自身の生活評価に基づいて把握し、その差を説明する要素として、一人当たりGDP、健康寿命、困ったときに頼れる人の有無、人生の選択の自由、寛容さ、腐敗の少なさなどを挙げています。

ここから見えてくるのは、幸福には所得だけでなく、健康、人間関係、信頼、自由、公正といった要素が深く関わるということです。
北欧諸国の幸福度が高いことはよく知られています。ただし、それを単純に「福祉国家だから」とだけ説明することはできません。制度、文化、信頼、社会的つながり、政治への信頼など、複数の要素を丁寧に見る必要があります。

GDPは幸福の条件の一つではあります。しかし、それだけで幸福が決まるわけではありません。

3.SDGsと幸福度

幸福度には、どのような因子が関係しているのでしょうか。

SDGsの17目標と169ターゲットを見ていくと、そこには貧困、健康、教育、ジェンダー、働きがい、不平等、都市、気候変動、平和と公正など、人々のウェルビーイングに関わる多くの要素が含まれています。
World Happiness Reportでも、SDGsと主観的ウェルビーイングの関係について分析が行われています。所得、健康、社会的支援、自由、信頼といった要素は、SDGsが扱う課題とも重なります。

このことは、SDGsが単なる環境や社会貢献の目標ではなく、人々の幸福を支える条件を多面的に含んでいることを示しているのではないでしょうか。

ただし、ここでも注意が必要です。SDGsスコアが高ければ必ず幸福度も高い、と単純に言い切ることはできません。相関が見えるとしても、その背景には国ごとの制度、文化、歴史、経済構造があります。
日本についても、SDGsの取り組みや経済水準だけでは説明できない課題があります。この点については、日本を扱う回で改めて整理したいと思います。

4.ビヨンドGDPを考える

GDPが社会の一面しか捉えていないとすれば、私たちはGDP至上主義から離れ、ビヨンドGDPを考えなければならないのではないでしょうか。

国連もこの問題に取り組んでいます。2024年の「未来のための協定」では、GDPを補完し、またはGDPを超える進歩の指標を検討することが示されました。2026年には、国連の専門家グループがBeyond GDPに関する最終報告を公表し、人々と地球にとって何が重要なのかを測るための新しい指標群を提案しています。

なぜGDPは、社会の実感から離れていったのでしょうか。

19世紀から20世紀半ばまでは、工業資本主義が社会の中心でした。工業社会には実物のモノがあり、GDPは人々の生活実感から大きく離れにくかったのではないかと思います。

ところが、20世紀後半から現在に続く金融資本主義では、お金がお金を生む経済の比重が高まりました。さらに21世紀に強まったレント資本主義では、不動産の賃料、知的財産の使用料、プラットフォーマーが囲い込みによって得る無形の利益が大きな影響を持つようになりました。

これらがGDPに反映されても、一般市民の生活実感とは結びつきにくい場合があります。GDPが伸びても、賃金が伸びず、生活が楽にならず、地域のインフラが老朽化し、自然環境が傷んでいくなら、人々は豊かになったとは感じられません。

GDPと国民の幸福度が自動的に連動すると考えること自体に、無理が出てきたのだと思います。

GDPとビヨンドGDPの視点を整理した図表

5.フローからストックの評価へ

GDPというフローと、インフラ・人的・知的・自然資本というストックの評価を整理した表

GDPはいまも国力を測る有力な指標として使われています。しかしGDPは、一定期間の総生産を測るフローの指標です。生活者の視点で社会を見るなら、むしろストックを評価することが重要ではないでしょうか。
ストックとして考えられるものには、インフラ資本、人的資本、知的資本、自然資本があります。

インフラ資本には、道路、鉄道、港湾、空港、上下水道、廃棄物処理施設、公園、発電所、送配電網、通信網、学校、病院、公営住宅などが含まれます。いずれも社会を支える、なくてはならない基盤です。整備されれば、長期にわたって地域や国の安全、生活の便利さ、生産性の向上に貢献します。

ところが、新自由主義や市場原理主義の影響による効率化、競争主義、民営化の流れの中で、老朽化対策の遅れや存続への不安が目立つようになっています。
人的資本については二つの視点があります。一つは、インフラ資本の運営に携わるエッセンシャルワーカーの人手不足です。社会を支える人たちの処遇が十分でなければ、担い手が不足するのは当然です。もう一つは、人材による価値創造力の向上です。人々が新しい価値を創造するには、ウェルビーイングな状態が必要です。この点は、日本編の人的資本の中で詳しく述べたいと思います。

知的資本については、すぐに役立つ技術や研究ばかりが求められていることに危機感を覚えます。基礎研究なくして応用研究はあり得ません。短期的な成果だけを求めるのではなく、長期の視点で知的資本へ投資する政策が必要です。
自然資本については、気候危機を考えると人類の存続に関わる重要なテーマです。ただし今回の連載では、専門家ではない私が十分に論じるには荷が重いため、中心テーマからは外したいと思います。

人間の幸福には、フローだけでなくストックの充実が欠かせません。そして現在、そのストックが危うい状況にあることを、私たちは直視する必要があります。
GDPだけでは測りきれない豊かさを考えると、企業にも新しい問いが生まれます。企業は売上や利益を伸ばすだけで、社会から必要とされ続ける存在になれるのでしょうか。人的資本、知的資本、社会・関係資本、自然資本をどう生かし、どのような価値を生み出すのかが問われます。

次回は、企業が社会から必要とされるためのパーパス、すなわち存在価値について考えてみたいと思います。

参考資料・出典

– U.S. Bureau of Economic Analysis, [GDP and the National Accounts](https://www.bea.gov/index.php/news/blog/2012-04-09/gdp-and-national-accounts-one-great-inventions-20th-century)(国民経済計算とクズネッツに関する確認)
– U.S. Bureau of Economic Analysis, [The Changeover from GNP to GDP](https://apps.bea.gov/scb/issues/2021/03-march/0321-reprint-gnp.htm)(米国におけるGNPからGDPへの主要指標変更に関する確認)
– United Nations, [Beyond GDP](https://www.un.org/beyondGDP)(Beyond GDP専門家グループ報告に関する確認)
– United Nations, [Pact for the Future Action 53(a)](https://www.un.org/pact-for-the-future/en/action-53a)(GDPを超える進歩指標の検討に関する確認)
– World Happiness Report, [Frequently Asked Questions](https://www.worldhappiness.report/faq/)(幸福度の測定と説明変数に関する確認)
– World Happiness Report, [Sustainable Development and Human Well-Being](https://www.worldhappiness.report/ed/2020/sustainable-development-and-human-well-being/)(SDGsと主観的ウェルビーイングの関係に関する確認)

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