この連載シリーズを始めるにあたって
1.地球と社会の限界への危機意識
今回、本法人のホームページで新たな連載を始めることにしました。
私は最近、講演の中で「地球と社会の限界を迎え、資本主義はいま大きな転換期にある」という問題意識についてお話ししています。しかし、限られた講演時間の中では、その背景や、そこから私たちが何を考えるべきなのかまで十分に語り切ることができません。
そこでこの連載では、講演ではお伝えしきれないことも含め、これからの社会のあり方について、私なりの考えを述べていきたいと思います。
人類にとって、産業革命は定常的な社会から飛躍的な経済成長へと向かう扉を開きました。第二次世界大戦後は先進国を中心に大きな経済成長を遂げ、さらに1980年代以降、新自由主義やグローバル化が進む中で、新興国を含めた世界経済も大きく成長しました。
その過程で、世界の極度の貧困は大幅に減少しました。これは経済成長がもたらした大きな成果の一つです。
しかし、その代償もまた、私たちが想像していた以上に大きなものでした。
生態系の破壊、温室効果ガスの排出による気候変動など、「地球の限界」が顕在化し、その影響はすでに私たちの暮らしや経済にも及んでいます。
同時に、経済的な格差も深刻な課題となっています。世界では富が一部の層に集中する一方、十分な資産を持つことのできない人々も数多く存在します。こうした格差や社会への不満は、各国における政治的分断やポピュリズムの拡大とも無関係ではありません。
私は、こうした状況を民主主義そのものの持続可能性に関わる問題として考える必要があると思っています。
では、経済成長そのものを否定すべきなのでしょうか。
私はそうは考えていません。経済成長は必要です。
ただし、経済成長は「目的」ではなく、人々が心身ともに健やかで、幸せに暮らすことのできるウェルビーイングな社会を実現するための「手段」であるべきだと考えています。
ところが、私たちは長い間、「どうすれば経済を成長させられるか」という議論に多くの関心を向けてきました。その結果、「何のために成長するのか」という本来の目的が見えにくくなってはいないでしょうか。
そもそも、私たちは何をもって「経済が成長した」と判断しているのでしょうか。
代表的な指標がGDP(国内総生産)です。GDPは経済活動を把握するうえで重要な指標ですが、それだけで社会の豊かさや人々の幸福のすべてを測ることはできません。
これからの社会の豊かさを考えるのであれば、フローとしてのGDPだけでなく、「インフラ資本」「人的資本」「自然資本」、さらに「知的資本」など、社会に蓄積されていくさまざまな資本にも目を向ける必要があるのではないでしょうか。
そして、それらが一人ひとりのウェルビーイングにどう結びついているのかを考えることが重要です。
この連載では、こうした問題を一つずつ取り上げながら、現在の課題と、これから目指すべき方向について考えていきます。
2.日本の視点から、これまでとこれからを考える
この連載では世界的な視点から考えるだけでなく、途中からは日本に焦点を移し、「私たちは何を選択してきたのか」「別の選択肢はなかったのか」、そして「これからどこへ向かうべきなのか」を考えていきたいと思います。
私は、日本では近代史や戦後の歩みについて、十分に振り返り、総括する議論が必ずしも得意ではなかったように感じています。
明治維新は日本に何をもたらし、何を残したのか。なぜ先の戦争と敗戦を避けることができなかったのか。そして、高度経済成長を遂げた日本が、なぜその後「失われた30年」と呼ばれる長期停滞を経験したのか。
これらを単なる過去の出来事としてではなく、現在と未来につながる問題として改めて考える必要があると思います。
特に「失われた30年」を考えるうえでは、コスト削減や人件費抑制が国内消費や経済の循環に与えた影響について検証する必要があります。政治、行政、経済界、労働界を含め、当時の社会全体がどのような選択をしてきたのかを振り返ることも重要でしょう。
では、人口減少が進む日本は、これからも「国全体の量的な成長」だけを追い続けるべきなのでしょうか。
私は、人口が減少する時代だからこそ、国家の量的成長だけではなく、一人ひとりの成長と価値創造へ軸足を移す必要があると考えています。
その方向性を、私は「Smart Shrinking(賢い縮小)」と捉えています。
人口減少を単なる衰退として受け止めるのではなく、社会の規模が変化することを前提として、一人ひとりの生産性、創造性、生活の質を高めていく。量ではなく質を高めながら、持続可能で豊かな社会をつくっていくという考え方です。
GDPの総額だけではなく、一人当たりのさまざまな指標で世界の上位を目指す。その先に、一人ひとりがウェルビーイングを実感できる日本社会を描くことができるのではないでしょうか。
この連載を通じて、その可能性を皆さんと一緒に考えていきたいと思います。
3.この連載における私の立ち位置
最後に、この連載を書くにあたっての私自身の立ち位置をお伝えしておきます。
私は経済学者でも社会科学者でもなく、シンクタンクの研究員でもありません。
民間企業の大手流通業で経営に携わり、それ以前には労働組合の専従役員を経験しました。また、企業のCSR(企業の社会的責任)を担当し、企業側から社会課題に向き合ってきました。
さらに、NPO法人の代表理事、一般社団法人中部SDGs推進センターの代表理事として、企業とは異なる立場からも社会課題に関わってきました。
この連載では、そうした実務の現場で得てきた経験をもとに、一市民として、これからの社会について考えていきたいと思います。
アカデミックな研究や分析とは異なる立場からの個人的な見解も含まれます。その点をご理解いただきながら、一つの問題提起としてお読みいただければ幸いです。
そして、この連載が「SDGsのその先」にある社会について、皆さんとともに考えるきっかけになればと思っています。
2026年9月吉日
一般社団法人中部サスティナビリティ&ウェルビーイング推進センター
代表理事 戸成司朗
参考資料・出典
- World Bank, June 2025 Update to Global Poverty Lines(国際貧困線・世界の極度の貧困に関する確認)
- OECD, Well-being and beyond GDP(GDPを超えたウェルビーイング指標に関する確認)
- OECD, Beyond GDP: Measuring What Counts for Economic and Social Performance(GDPと社会的豊かさの関係に関する参考)
- World Inequality Lab, World Inequality Report 2022(世界の所得・資産格差に関する参考)




